ブルース・スプリングスティーンという体験
人生の中のある瞬間、たった一つの曲があなたの全てを変える。
その曲を聞いた途端、身体中に電流が走ったようになり、その瞬間から周りの世界がまるっきり変わってしまったように見える。
あなたは、そういう体験をしたことがあるだろうか。
ブルース・スプリングスティーンを聞く、という体験はまさにそのようなものだ。
『ブルース・スプリングスティーンという体験』
彼のアルバム「明日なき暴走」の第1曲に収められた「サンダー・ロード」は、乾いたピアノの音とハーモニカによるイントロダクションに続いて、次のように始まる。
The screen door slams, Mary's dress waves
Like a vision she dances across the porch as the radio plays
Roy Orbison singing for the lonely
Hey that's me and I want you only
Don't turn me home again
I just can't face myself alone again
「スクリーンドアがバタンと音を立ててひらき、メアリーのドレスがはためく。
彼女はダンスをするかのようにポーチを歩いてくる。まるで一つの映像のように。
ラジオではロイ・オービソンが寂しがり屋のために歌っている。そう、僕が望むのはたった一つ、君だけだ。どうか、僕を家に帰らせないでほしい。また、たった一人で寂しい思いをするのはもういやなんだ。」(意訳:てつ 以下同じ)
曲のはじまりそのものがまさに、ひとつの映像みたいだ。聞き手はいきなりストーリーの中に引きずり込まれていく。
(中略)
Oh oh come take my hand
Riding out tonight to case the promised land
「さあ、こちらに来て僕の手をとってくれ。僕らは今夜の地を求めてドライブに出る」
一曲目のサンダー・ロードが、アルバムのタイトルチューンである「明日なき暴走」と呼応する。
この曲では主人公が、引きこもりがちになっていたメアリーを車で連れ出して、夜の官能に満ちた闇の中に飛び込んでいくシーンが描かれている。歌っている主人公は決してヒーローではないし、人生そのものの勝利者であるわけではない。どこにでもいるアメリカの若者だ。しかし、曲の最後は次のように刹那的なシーンで締め括られる。
It's a town full of losers, I'm pulling out of here to win
「この街は負け犬のたちの街だ。だけど僕たちは今夜、勝つために、いまここから車を発車させる」
この曲は1975年に発表され、ビルボード・チャート最高位こそ3位(US)だが、今でもUSロックの名曲として多くの人に支持されている。
歌っているスプリングスティーンは、米国では「The Boss」と呼ばれる大御所で、2021年に米国で最も売り上げのあったアーティストと呼ばれている。
彼は、病めるアメリカと、その中でやむに止まれぬ衝動と苛立ちをかかえる若者たちや労働者階級の心の叫びを歌にすることで、多くの若者たちから熱狂的な支持を受けることになった。
このブログでは、彼の魅力について少しづつ語っていきたい。